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「人生山あり谷あり」- 病気がもたらした人生の転機

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人生を表す言葉として「人生山あり谷あり」という表現があります。さらに、山と谷の差が大きい場合には「人生波瀾万丈」とも言います。

おそらく順風満帆な人生を送れる人はわずかでしょう。セミリタイアを実現できた私も、今までを振り返ってみるとやはり「山あり谷あり」の人生でした。

今回は、私の体験を紹介しますので、みなさんに何かのヒントになれば嬉しいです。

目次

入社2年目のできごと

当時、私は日系金融機関の地方支店で営業として働いていました。2年目ともなると与えられるノルマも徐々にきつくなり、一方でストレス発散のためにほぼ毎日同期の同僚2人と夜遅くまで飲みに行っていました。

こんな日々を送っていたらいずれ体が悲鳴を上げるのは当たり前です。

2年目の途中で急にひどい偏頭痛で仕事が全くできない状態となり、1か月半ほど入院生活を送りました。

まだ転職が一般的ではない時代でしたので、辞めることは一切考えず、ただゆっくりと時間が過ぎるのを待ちました。

おかげで体はすっかり健康体になり、職場に復帰することができました。そうは言っても、同じ仕事環境に戻って以前と変わらない生活をしていたら同じことを繰り返すだけです。

しばらく病み上がりということを口実にしてセーブしながら仕事をしていたところ、予想もしなかった本社転勤の辞令が出たのです。

当時の支店長が元の上司だった本社役員に話をしてくれたようですが、真相を確かめたわけではありません。

ただ、言えることは病気がその後の会社人生の転機になったということです。

外資系への転職のきっかけ

当時、私はシンガポールの支店で勤務していました。今でもシンガポールというと羨ましがられることも多いですが、体調への影響は人それぞれです。

私の場合は、22~23度に設定された冷房のきいた部屋で一日中仕事をして、家に帰ってからも24時間冷房をつけっぱなしの部屋で過ごしていました。

こんな環境にいると知らず知らずのうちに体調が悪くなるのは目に見えています。そして、体調不良になると仕事への熱意もなくなるという悪循環に陥り、さらに妻も同じように体調を崩したのです。

結局、冷房が原因と思われる体調不良をきっかけに、いっそのこと早くシンガポールを脱出しなければという思いが強くなり、会社を辞めて日本に戻る決意をしました。

日本に戻ってからの転職活動は、職務経歴書の書き方から全てのことが自分にとって初めてのことでしたので厳しい道のりでした。

それでも、かねてからの希望だった外資系企業に転職できたのは、体調不良がきっかけだったと言えます。

外資系2社目への転職のきっかけ

念願の外資系企業に勤務して7年目の冬に、インフルエンザにかかってしまいました。最初は、単なる発熱を伴う風邪だと思い、念のため病院で薬をもらって早退しました。

ところが、解熱剤を飲んでも熱が下がらず、38度台の熱で苦しんでいる時に、知らない番号から携帯に電話がかかってきたのです。

1回目は無視していましたが、その後しばらくしてまたかかってきました。

いつもなら無視し続けるところでしたが、熱で判断力が鈍っていたせいか、思わず電話をとってしまいました。

その電話の主は、ヘッドハンターでした。

おそらく会社で電話をとっていたら、話はできなかったかもしれませんが、幸いにも家だったので年収も含めて具体的な話をすることができました。

結局、インフルエンザで寝込んでいるときにとったこの一本の電話が、外資系2社目への転職のきっかけとなったのです。

さいごに

「人生山あり谷あり」は、まさにその通りだと思います。

谷の時期には、「怪我の功名(=過失と思われたこと、何気なくやった事が、意外に良い結果になること)」「禍転じて福となす(=災難や不幸を逆に利用して、良い結果に結びつけること)」など、転機につながることを意味する言葉があります。

上に書いたように、私にとって病気や体調不良がその後の人生に転機をもたらしたことは明らかです。

ただし、これが転機につながるかどうかは日頃の心がけや行い次第とも言えます。

この意味で以下の前向きな言葉も大事にしたいと思っています。

幸運の女神には前髪しかない(=チャンスはやって来たそのときにつかまなくてはいかない)」

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