歴史から見える「風の時代」までの流れ – 平安時代後期から各時代を分析する

今まで何となく生きづらさを感じていた人たちがワクワクしながら待ち望んでいた「風の時代」が、2020年12月22日についに到来しました。

ただ一方で、日本が今後も「少子高齢化」の波を避けることができずに、世界に先立って「本格的な人口減少時代」から「急激な人口減少時代」に突入していく時期とも重なっていることに注意が必要です。

12月12日のニュースで、日本産科婦人科学会によると「2020年10月〜2021年3月の出産予約数がコロナの影響により女性が出産を控えていることで、前年同期比で地方で37%(特に、大分63%、長野59%、宮崎57%)、都市部で24%減少」したそうです。一時的な現象にせよ、この数字にはさすがに少子化問題を通り越して将来の国力衰退の危機感を覚えます。

ということで、今回は過去の歴史を振り返りながらこれからの「風の時代」の姿についてヒントを探っていきます。

目次

日本の人口の長期的推移をたどると…

日本の人口について約900年前の平安時代後期から将来(2100年まで)の予測まで含めた推移を見てみましょう。

以下のグラフには、火・地・風・水といったエレメントのシフト(=グレートミューテーション)を加えています。ここで大切なポイントは、それぞれのエレメントのシフトのタイミングが日本史の時代区分と大まかに重なっているということです。
※室町時代はタイミングがずれているように見えますが、1392年に南北朝が統一されてから「真の意味での室町時代」が始まったことを考えるとエレメントのシフトのタイミングと大まかに重なっていると言えます。

すなわち、明治維新までは、それぞれの時代(エレメント)がシフトするタイミングで新たな幕府・政府が成立し、それまでとは全く異なる統治機構・社会構造が生まれたのです。

そして、今回「風の時代」にシフトするタイミングで、実際にコロナによって従来のライフスタイルや働き方についての価値観が半強制的に変化しつつあるという点で、令和時代は今までの天皇の代替わりによる改元とは全く異なる意味合いを持つことを示唆しています。

(出所)国土庁「日本列島における人口分布の長期時系列分析」(1974年)のデータにエレメントのシフトを加えて筆者グラフ作成

エレメントごとの特徴・キーワードについては以下をご覧ください。

エレメントサイン(星座)特徴・キーワード
牡羊座・獅子座・射手座精神・生命力・情熱・上昇しようとする意識
牡牛座・乙女座・山羊座物質・定着・建設・物質的な安定を求める意識
双子座・天秤座・水瓶座知性・思考・拡散・関係を横に広げる意識
蟹座・蠍座・魚座感情・共感・吸収・混ざり合う意識

鎌倉時代に見る「風の時代」のヒント

それでは、「地の時代」から「風の時代」にシフトした平安時代後期〜鎌倉時代の流れを見てみます。

平安時代後期 -「地の時代」の光と影

平安時代後期には、荘園(=土地)が政治・社会・経済の根幹をなし、荘園領の拡大によって貴族や寺院に莫大な富と権力が集中するようになりました。

一部の上流階級に富が偏在したことは現代版「格差社会」、荘園にかかわる不輸不入の権は現代版「税金逃れ」、さらには現代版「特権階級の利権構造」を連想させます。

これは、荘園(=土地)という物質的な富によって安定を求めようとする考え方が支配する「地の時代」の光と影を表しています。

その後、次の時代の前触れとなる保元・平治の乱(1156~1159年)→ 平氏政権 → 源平争乱 → 武士勢力の強大化という流れを経て鎌倉幕府の幕開けとなります。

鎌倉時代 -「風の時代」のヒントとは…

関東の一隅の武士であった源頼朝によって鎌倉幕府が成立したことの意味を「風の時代」に照らして考えると、以下のようなヒントになる史実がいろいろとあります。

平安時代までの貴族に代わって武士という新しい支配階級が登場したこと

平安時代に有力農民が武装化したのが武士の始まりとする説がありますが、これからの「風の時代」にたとえると個人が武器の代わりにインターネット・ITというテクノロジーを駆使して組織に縛られずに自立・活躍できる場が広がることを予感させます。

さらに、男女を問わずオピニオンリーダーとなる新たな指導者が現れてSNSによってその人の考え・思想が拡散し、世代・性別を超えた一大勢力が生まれ、権力の移行が行われるでしょう。

現在に至る「地の時代」において経済・政治・労働・消費・娯楽などの分野で一大勢力を形成してきた団塊世代全てが、2025年に75歳以上となり後期高齢者入りしますので、可能性は十分にあります。

(出所)国立社会保障・人口問題研究所ホームページ (http://www.ipss.go.jp/

当時の「京都一極集中」から新たに鎌倉と京都という2つの拠点ができたこと

現在、個人レベルで「東京一極集中」に変化が見られていますが、やがて企業レベルや社会レベルで「東京一極集中が是正」される可能性を感じさせます。

頼朝亡き後の承久の乱(1221年)の時に武士たちの心をひとつにまとめた北条政子の演説

インターネットがない当時は、個人の考えを多くの人に伝える唯一の手段は、言葉による演説でした。この有名な北条政子の演説は、「個人の考え・思想をコミュニケーションによって横に広げること」と「女性の活躍」という「風の時代」の特徴が相乗的に体現化された事例と言えます。

承久の乱(1221年)後から1333年まで、京都に六波羅探題が設置されたこと(六波羅探題:京都の六波羅に設置され、朝廷の監視と尾張国以西の行政・訴訟に携わった役職)

これにより、鎌倉から遠く権限が及びにくい朝廷・西国に幕府の支配権が拡大しましたが、この時北条一族の中から将来有望な人材を六波羅探題に登用したことは、これからの「風の時代」でも「若い世代」がキーワードになりそうです。

余談になりますが、今でも京都支店長が役員への登竜門としている企業(特に、金融機関)がありますが、もしかしたら鎌倉時代の六波羅探題に由来しているのかもしれません。

奈良時代に次いで、中国文化の流入が盛んに行われたこと

当時、海外と言えば主に中国でしたが、現代に当てはめるとグローバルにSNSで交流し関係を横に広げることを意味します。そのためには、コミュニケーションのツールとして英語が必要になります。

でも、創造性が求められるアートの世界では視覚に訴えるインスタグラムが主流になっているのを見ると、最低限の英語でも個人レベルの自己表現力や創造力をグローバルに発信できる時代がすでに到来していると言えます。

また、文章であっても、最近は英語の翻訳ツール(Google翻訳、DeepL翻訳など)の精度も上がってきているので、海外に向けて発信する際のハードルは以前に比べて格段に下がっています。

そう言えば、鎌倉時代の代表的な随筆に鴨長明の「方丈記」と吉田兼好の「徒然草」がありますが、これらは現代版「ブログ」を連想させます。

ITネットワークを活用して個人の知性、アイデア、創造性、思想、情報が世界中に伝わる女性的でフラットな世界が到来する「風の時代」には、自分の思想・人生観やアイデアを英語のブログで世界に発信する日本人も増えてくるだろうと予想しています。

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室町時代〜平成時代の特徴とは…

それでは、室町時代から平成時代までの特徴を簡単に見ていきます。

室町時代 -「水の時代」における多様化

広義の室町時代は、南北朝時代(1336~1392年)・南北朝の統一から応仁の乱(1467年)までの時代・応仁の乱以降の下剋上の戦国時代に分けることができます。

室町時代の特徴は、一言で言うと「多様化の時代」ー 武家が公家を政治的に圧倒し大きく力を伸ばすと同時に、庶民の社会的地位が高まり社会が多様化し、「水の時代」らしく社会的階層を横断する形で有機的に混ざり合っていました。

特に、応仁の乱によって京都が壊滅し上層階級による独占状態が崩壊したことを受けて、文化人の一部は地方に定住し、戦国大名はそれぞれの拠点に小京都を形作り、自立的な地方都市が生まれました。

また、貨幣経済の発達に伴い、職業が多様化する中で都市に富裕な市民層を生み出し、現代にまでつながる生活に根差した町衆文化の担い手となったのです。

一方、農民が村ごとに作った自治組織である「惣(そう)= 個々の農民が混ざり合う組織」が形成され、「寄合(よりあい)= 農民の共感・合意を形成する場」を開いて村のおきてを定めたように、農民層に至るまで「水の時代」の特徴が見られます。

安土桃山時代 -「水の時代」よりも「火の時代」の特徴

安土桃山時代は、1573年〜1603年までのわずか30年間でしたが、「火の時代」への過渡的時代と位置付けられ、「水の時代」よりもむしろ「火の時代」の特徴をすでに反映していました。

その特徴とは、華やかでエネルギッシュな意欲に満ちた時代で、一言で言うと「天下人の時代」です。

まさに、織田信長と豊臣秀吉という2人の天下人が現れ、その強烈な意志・権力を巨大城郭によって誇示したことは「火の時代」を先取りする動きです。

一方で、芸術の分野では、1549年のフランシスコ・ザビエルの来航以来、多くの西洋人が布教や交易のために来日したことを背景に、天下人から庶民に至るまで南蛮文化が広く浸透しましたが、これは「水の時代」の「混ざり合う意識」という特徴を表しています。

ちなみに、当時京都ではポルトガル・ファッションが流行っていたそうです。

江戸時代 – 人口増加時代となった「火の時代」の象徴

「火の時代」の前触れの時期が始まった1603年と同じ年に、徳川家康が征夷大将軍となり江戸時代の幕開けとなります。

日本の人口は、江戸時代初期には1200万人〜1300万人でしたが、江戸時代後半の1750年頃には3000万人前後までに増加(生命力の上昇=「火の時代」)していく中で、経済・学問・思想・文化・芸術など様々な分野が大きく発達しました。また、町人層が発展し、まさに「火の時代」の特徴である活気のある雰囲気に溢れていた様子が目に浮かびます。

また、江戸が政治都市としての役割を京都から奪い取る過程で、当初15万人ほどの人口が1700年代には100万人(最盛期には110~130万人)まで増加し、1801年当時、ロンドンの人口が86万人、パリの人口が54万人であったことから、世界最大都市だったと言われています。

江戸時代末期に重なる1842年からの「地の時代」には、1853年のペリー来航を皮切りに海外からの開国圧力にさらされ、やがて幕末を迎えることになります。

明治 〜 平成時代 – 再び「地の時代」の光と影

明治維新という一種の革命を経て始まった明治時代から現在に至るまで「地の時代」の特徴である「光と影」が混在する世の中になっています。

「光の部分」
富国強兵による近代化と領土拡大、戦後の高度成長による復興と先進国入り、バブル経済による好景気、都市再開発による超高層ビル化の進展

「影の部分」
戦争による人命の損失と敗戦による領土喪失、バブル崩壊と失われた30年、富の集中と貧富の差の拡大、本格的な人口減少時代への突入

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さいごに

2020年12月14日に、全世代型社会保障検討会議が最終報告をまとめましたが、菅首相は「少子化対策の強化と高齢者医療の見直しに取り組むことで、全世代型社会保障への改革をさらに前に進める」と強調していました。個人的には、「全世代型社会保障」の行き着く先は「ベーシックインカムの導入」だと思います。

さらに、ベーシックインカムの導入によって、「地の時代」型の資本主義は修正・変容を迫られることになります。

「地の時代」の1878(明治11)年に誕生した証券取引所は、日本の株式市場および資本主義経済の重要なインフラとしての役割を果たしています。

2022年4月に東京証券取引所が市場区分を見直し、現在の4市場から3市場に集約する予定ですが、この構造的な変化を契機に「風の時代」の日本の株式市場は大きく変化せざるをえないでしょう。

(出所)国立社会保障・人口問題研究所ホームページのデータに日経平均株価の年間終値を加えて筆者グラフ作成

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